ソウル韓国語学院の講師おすすめの本『아몬드(アーモンド)』。
2017年3月発売以来のロングセラーで、今年に入ってからも連続して教保文庫(韓国)のベスト10に入っています。
日本では2019年7月に発売。2020年の本屋大賞に選ばれて、なお新宿の紀伊国屋書店では平積みの人気作品です。世界各国でも翻訳されています。
なぜ、今ご紹介するかというと「アーモンド」が冬の季節にぴったりだから。
韓国では、陰暦1月15日の대보름(テボルム)に、この1年を丈夫に過ごせるよう音を立てながら殻の硬い木の実を食べます。噛んだ時に出る音には、邪鬼をはらう意味があるそうです。
この「부럼」という行事は、腫物(부스럼)を意味する言葉からできていて、冬のビタミン不足を補う意味でも大切にされてきました。たしかに、吹き出物にはビタミンB。冬になるとB錠剤のコマーシャルが多くなるのでわかります。
さて、2021年の陰暦1月15日は2月26日です。
今年はたくさんの木の実の中からアーモンドを選んでみてはいかがでしょうか。ナッツを噛むのもおすすめですが、作品につづられた文字を噛みしめるのもいいかなと思っています。
では、本のご紹介を。
『아몬드(アーモンド)』の主人公のユンジェは、扁桃体(アーモンド)が人より小さいことから、感情を持つことが難しく「怪物」と後ろ指をさされている少年です。
他人の言葉や行動を読み取ることができず、恐怖も怒りも感じることができないユンジェが「平凡に」生きていくために、ママから「人が笑えば、笑って」、「好意を見せてくれたら、ありがとうと返す」と教えられてきました。
침묵은 과연 금이었다. 대신 ‘고마워.’와 ‘미안해.’는 습관처럼 입에 달고 있어야 했다. 그 두 가지 말은 곤란한 많은 상황들을 넘겨 주는 마법의 단어였다. 여기까진 쉬웠다. 상대방이 내게 천 원을 내면 거스름돈을 이삼백 원 내 주는 것과 비슷했다.
어려운 건 내가 먼저 천 원을 내는 거였다. -39ページ(1부 10.)
沈黙はやはり金だった。その代わり、「ありがとう」と「ごめんなさい」は、口癖のように言い続けなければならない。この二つは、多くの困難な状況を乗り越えさせてくれる魔法の言葉だった。ここまでは簡単だった。何かが欲しいと相手が僕に千ウォンを出したら、品物に応じて二百ウォンとか三百ウォン返せばよいのと同じだった。
難しいのは、僕の方から先に千ウォンを出すことだった。 -38ページ(第一部 10.)
「어려운 건 내가 먼저 천 원을 내는 거였다.(難しいのは、僕の方から先に千ウォンを出すことだった。)」
「千ウォン」を「他者への関心」に置き換えて読み、すこしドキリとしてしまいました。
では、作品の冒頭に戻ってみましょう。
この日、ユンジェの目の前でおばあちゃんとママが通り魔に襲われてしまいます。その様子を無表情で見つめるだけのユンジェ。
그날 한명이 다치고 여섯 명이 죽었다. -12ページ(1부 1.)
その日、一人が怪我をし、六人が死んだ。 -12ページ(第一部 1.)
あまりに悲惨な事件で始まる物語。怖さを感じながらも、アゴタ・クリストフの『悪童日記(Le Grand Cahier)』のような、観察的な視点と表現の魅力に引き込まれてしまいました。ユンジェの淡々とした語調は、読む人の心を一層悲しくさせますが、逆に真の感情の高まりをも与えくれます。
通り魔により全てのものを失ったと思った瞬間、ユンジェに新しい縁が近づきます。
暗い傷を大事に持ち続けているゴニと美しい感性を持ったドラという2人の少年、そして、いつも近くに寄り添いユンジェを助ける大人のシム博士です。3人はそれぞれ素晴らしい役割をもって、ユンジェの人生に現れました。
ゴニは、ユンジェと同じく他人に理解してもらうことが難しい「怪物」でしたが、彼らは互いにユンジェとゴニいう自分ではない「怪物」と出会い、不思議なつながりを持つことで成長していきます。
彼らの物語を追っていくうち、他人の感情を理解することがどれくらい難しくて大切なことなのか。そして、自分にも感情を持つ余裕のない時間があること、逆に共感を押し付けていることに気づかされます。
『아몬드(アーモンド)』の目次には、「프롤로그(プロローグ)、1부(1部)、2부、3부、4부、에필로그(エピローグ)、작가의 말(作者のことば)」と他の小説にあるようなタイトルがありません。内容の要約を押し付けることがないんです。
しかし、シンプルな目次であっても中身はぎっしり詰まっていて、映画のように繰り広げられる劇的な事件や文中にはメッセージがたくさんあります。
同じ章に2度も出てくるこの文は、ユンジェが通り魔犯と世の中を少し理解したいと思ったときの場面です。
구할 수 없는 인간이란 없다. 구하려는 노력을 그만두는 사람들이 있을 뿐이다……. -127,128ページ(2부 36.)
救うことのできない人間なんていない。 救おうとする努力をやめてしまう人たちがいるだけだ……。-126,127ページ(第二部 36.)
救おうとしないのは、他人の感情に無感覚だからか。救うを「共感」に置き換えてみると、はっとしました。共感できない人間なんていない…。
「いいね」ばかりのSNS時代に「共感」という言葉は大きなうねりをもって読者に迫ります。はたして自分は「共感可能」な人間なのか、私こそがユンジェなのではないか…。
大きな悲しみで始まった物語の救いは、結末にありました。
最後の「救い」こそが『아몬드(アーモンド)』という物語の魅力であり、私たちに今必要なビタミンのような気がしています。たびたび訪れてくる悲しみと共感の行き来が、人間関係に疲れた体にも心地よいです。
ぜひ、韓国語と日本語を併せて手に取ってみてください。
翻訳者の方の言葉選びがとても素敵で、見比べて読むと発見がたくさんあります。
ところで、『아몬드(アーモンド)』の作者 손원평 (孫元平)さんは子育て中のお母さんです。私はあとがきを見るまで、お名前の漢字から男性だと思っていました。外国人の方の名前って本当に難しい。苗字や名前からもその国の文化を感じることができますね。
韓国語教室に通われている方なら、この本が韓国文化や学校制度、法律について学ぶきっかけにもなるかもしれません。おすすめです。
*『아몬드』
저 : 손원평 출판사 : 창비(창작과비평사) 발행 : 2017년 03월 31일
*『アーモンド』
著者名:矢島暁子/ソン・ウォンピョン 出版社:祥伝社 発売日:2019/07/10
「프롤로그(プロローグ)」もドキリとします。持っていることを「感じることはできない」のに「嫌」と感じている誰かも持っている。ううう、感じるって悲しい…
나에겐 아몬드가 있다.
당신에게도 있다.
당신이 가장 소중하게 여기거나
가장 저주하는 누군가도 그것을 가졌다.
아무도 그것을 느낄 수는 없다.
그저 그것이 있음을 알고 있을 뿐이다.
僕には、アーモンドがある。
あなたにもある。
あなたの一番大事な人も、
一番嫌っている誰かも、それを持っている。
誰もそれを感じることはできない。
ただ、それがあることを知っているだけだ。
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